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2020年06月24日
【茶室る庵】高田一ぷく堂「一茶」をいただきながら「一茶」を思う
坂出 高田一ぷく堂のぷくちゃんが、朝からこんな写真をアップしておりました。

「中は、自家製粒あんが入った「銘菓 一茶」
密かに人気あります(笑)
少しづつお仕事の方も注文が入ってきたりしてますがまだまだ前のようにとはいかない日々です。
頑張っていかねばね」
見ちゃうと買わなきゃって思うじゃないですか。
てなわけで、明日の茶室る庵のお稽古のお菓子にと、坂出 #高田一ぷく堂 へ。
ぷくちゃんはケーブルテレビの収録にいくので留守ときいてましたが、しっかりホウレンソウができていて、お店にはいるなり「一茶ですね♪」と声をかけられ(笑)


それだけで終わるはずもなく、あれこれ買って帰宅。ちょい買いすぎたので、自省をこめて、今から稽古をすることに。
るいまま組事務所はPCが暴走する暑さだが、茶室る庵は、涼しいよ。 だから、事務所に帰りたくないのもあるんだけどね。

【一茶饅頭】
餡が素朴で自然な甘さ。美味しい。
お抹茶には、やや大きいけれど、お稽古のように何服も飲むときはいいんじゃない。


「喫茶去」の軸の茶室には合ってるような気がするよ。
一茶というので小林一茶 由来かと思い、あれこれ一茶についてググってましたが、高田一ぷく堂の「一茶」は、
「小林一茶」に由来と言う訳でさなく…お茶請け用お菓子を作るのに合う焼印を探してて見つけたと父が昔言うてました
とのこと(笑)
でも、せっかくだから、小林一茶のことも書いておくよ。
信濃の農民出身の一茶は、雪深い冬の間に寺子屋で教養を身につけ、父親も一茶も弟も、ちゃんとした文の書けるひとだったらしいけれど、俳句は江戸に奉公でてから、それもずいぶん苦労したあとのよう。
特に貧しい農民ではなかったし、長男である一茶が奉公にでることはなかったのだけど、継母との折り合いが悪く、しばらく離れて暮らすためだったとのこと。
父親は一茶に対する後ろめたさがあったとwikiにはあるけど、継母は、よほど強いか 身分違いの家からきたひとだったんだろうね。
ああ、継母は、おとうさんよりずいぶん年上で、一茶8歳の年に近隣の倉井村(長野県飯綱町)から嫁いで きたとあるな。「はつは弥五兵衛との婚姻時は27歳で、勝ち気で働き者の女性であった」
一茶のことは詳しくは知らなくても、一茶の俳句は、わりとよく目にしているかも、「痩せがえる負けるな一茶 これにあり」は、なにかとでる。
この不屈の精神を描く独特の一茶節は、そんな生い立ちからきていると書いている人もいるな。
一茶という名は「一椀の茶や泡沫のごとき人生を表す無常観に基づく命名」。
だそうで、なかなかシビアなお名前だけれど、茶の湯が、楽しいお茶会だけのものではないおはなしは、ぐっとくるわ。
くしくも、6月は一茶の生まれ月。なんとなく縁を感じながらら「銘菓 一茶」をいただきました。
ごちそうさま。

タグ :茶室る庵
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Posted by まちかど漫遊帖 at 20:00│Comments(0)
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