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2018年09月26日
丸亀市フィールドワーク
【豆屋さん】
中俣先生と、丸亀城下の西側をフィールドワーク。
昔ながらの道を歩いていますと「落花生 大平商店」の看板。店の前にはかなり年代物の豆の焙煎機がありまして覗くと中にはピーナッツ。
「これ 現役ですか?!」ときくと、まだまだ現役、この穴がいいのよとおかみさん。
特注のショーケースは、くるりと回って裏から必要なものを取り出すのだそう。
こちらで買った、煎りたて南京豆、止まらない美味しさでした!

【餡屋さん】
かねてより「あんこ屋さんだけど きなこも美味い」と聞いておりました「北川製餡所」は多度津に続く街道ぞいにある趣ある建物。
建物の2階部分にはタイルが貼ってあり、当時は高価なものだったろうと思います。
噂のきな粉は、県内産の大豆を使っており、味もよく香り高いきな粉。
餡やきな粉を使ったさまざまなマフィンも人気だそう。ちょっと小さめなのが嬉しい。
お店の奥のタイルの冷蔵庫が、これまた惚れ惚れ。

【シュール】
中俣先生が、ここは観ておくべきとご案内くださったお稲荷さんの白狐が、まさにシュール!
細身で脚長、目が輝いています。

【1930年製】

この古いビルデングは、元の丸亀郵便局。昭和の始め頃に建てられたものと聞いて、その頑丈さに驚く。ビルの上にある煙突は、あの頃に流行りだったセントラルヒーティングのものだろうかと妄想が膨らむ。
ここは、郵便局になるまえは、戎座という芝居小屋のあった場所。

高松に暮らす私たちは、丸亀市と言えばお城のある城下町というイメージだが、明治にはいると、ここは軍隊のあるまちだった。軍隊があるということは5000人からの屈強な男子が暮らしており、休暇には遊郭や芝居小屋などに繰り出していたのでしょうねと、歩きながら話す。
郵便局も、高松郵便局とは少し違った意味があり、軍隊からの郵便は検閲があり、丸亀郵便局はそれを担っていたそう。
まちを歩くと、歴史が見えてくる。
【丸亀のひとびと】
■井上通女 1660生まれ
歌人。22歳の時、当時の丸亀藩主・京極高豊の母・養性院に仕え、養生院に伴い江戸へ。道中に書いた「東海日記」。江戸での滞在中に書いた「江戸日記」。30歳の時、養性院が亡くなり帰郷する道すがら書いた「帰家日記」は、「江戸文学の粋」と称された。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/井上通女

■京極高朗 1798生まれ
讃岐丸亀藩の第6代藩主。
藩政再建のために藩政改革を行ない、倹約と風紀を主とした10か条の法律制定や文教政策に力を注いだ。家臣に副業でのうちわ作りを推奨し、これが人気を博して、今日も香川県丸亀市の名産品となっている丸亀うちわの起こりとなった。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/京極高朗

■田宮坊太郎 1624生まれ
江戸時代の剣客。別名・田宮 小太郎。仇討物の主人公として知られるが、仇討のエピソードは信憑性が疑われており、芝居や講釈師や浪花節などから生まれた虚構と考えている。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/田宮坊太郎

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